2026年6月3日(水)
海の京都DMOのJesse Efronさんと『紅花の館』に伺い、旅行会社に向けたインスペクションを行いました。

「日本の紅」が生まれる場所で、紅花の歴史と文化にふれる

紅花の館は、紅花摘みや紅花染めなどを通して、白鷹町に受け継がれてきた紅花文化を体験できる場所です。
今回の訪問では、まず紅花の館の裏手にある紅花畑へ。
実際に咲いている紅花を見ながら、どのように栽培され、花が摘み取られ、その後どのように染料へと姿を変えていくのか、収穫までの流れを教えていただきました。
普段は「紅花」という名前や花の姿を知っていても、その先にある「紅餅」がどのようにつくられているのかまで知る機会はなかなかありません。
畑で実際の紅花を見たことで、その後のお話がより身近なものに感じられました。
「黄色い花」から「紅」へ

紅花の館では、さらに白鷹町における紅花の歴史や文化について、今野さんから詳しくお話を伺いました。
そこで特に印象に残ったのが、紅花の色についてのお話です。
紅花には黄色の色素と赤の色素が含まれています。

花から取り出される色素の大部分は水溶性の黄色い色素で、そこからわずかな赤い色素を集め、加工したものが染料となる「紅餅」。
この貴重な紅の色が、絹を染めたり、口紅に使われたりと、古くから人々の暮らしや文化を彩ってきました。
現在も白鷹町では、こうした伝統的な紅花の栽培・加工技術が受け継がれています。紅花の生産と紅餅への加工を一体として行う「最上紅花」のシステムは、日本農業遺産にも認定されています。
紅花から見えてくる、日本の歴史

お話を聞いていくと、紅花が単なる「山形の特産品」ではないことに驚かされます。
武士の階級では、将軍は紫、将軍の後を継ぐ嗣子(あととり)には緋色(紅花の赤)が用いられ、最高位の特別な色が身分や格式に応じて定められていたこと。
江戸時代には、紅花からつくられる紅餅が非常に高価なものとして扱われていたこと。
そして、紅花は最上川舟運によって京都などへ運ばれ、染料としてだけでなく、日本の伝統文化を支える存在となっていたこと。
今野さんのお話の中には、私たちが普段何気なく耳にしている言葉や文化と紅花とのつながりもありました。

「はないちもんめ」の“花”が紅花の紅餅に由来するという話も、そのひとつ。
また、伊勢神宮の式年遷宮で用いられるものにも白鷹の紅花が使われているというお話を伺い、紅花が長い年月をかけて日本の文化の中で受け継がれてきたことを実感しました。
白鷹町が掲げる「日本の紅(あか)をつくる町」という言葉にも、こうした歴史と文化が込められています。
知るだけでなく、自分の手で「紅」にふれる

お話を伺った後は、実際に紅花染めを体験しました。
紅花の館で行われている紅花染め体験では、紅餅を使って布を染め、自分だけの作品をつくることができます。
染める工程を体験してみると、普段目にしている鮮やかな花の姿とはまた違った、紅花の奥深さを感じます。
「この花から、こんな色が生まれるのか。」
そう思いながら、自分の手で染めてみる。
歴史や文化について話を聞くだけではなく、実際に触れて、体験することで、紅花というものが少し身近になったように感じました。

今回の訪問を通して印象に残ったのは、紅花が「過去の文化」ではなく、化学染料の発展により1度は途絶えかけたが、今も白鷹の人々によって受け継がれ、未来へつなごうとされている文化だということ。
畑で花を育て、摘み、紅餅をつくり、染める。
その一つひとつの工程の先に、長い歴史と地域の人々の営みがあります。
「日本の紅をつくる町」という言葉の意味を、実際の紅花畑を見て、話を聞き、自分で染めてみることで、深く知ることができた訪問となりました。
今回ご案内いただいた今野さん、貴重なお話と体験をありがとうございました。
■紅花の館
http://www.sgic.jp/k/
TEL:0238-85-1883
〒992-0821
山形県西置賜郡白鷹町十王1707-1
















