未来の幸福を願い 置賜らしさを紡ぐ

『置賜らしさとは』という問いを研究してきた今年度の季刊誌。
古代から中世、近代、現代と時代ごとに「そこ」にあった風景や文化に目を向けてみると、そこには常に「ひと」がいた。好奇心や未来への願いを抱き、何かを始めた人がいた。
そして、彼らの好奇心や願いは往々にして、この地域の山や川、雪や雨といった「土地そのもの」と密接に関係していた。
異国の旅人をして“美しさ、勤勉、安楽さに満ちた魅力的な地域である”と言わしめたのは、何かを始め、継ぎ、終わらせながらこの地で文化を紡いできたひとの縦の糸と、変わらず聳え続ける山や、流れ続ける川といった土地そのものが持つ横の糸とが紡ぎ出してきた『置賜』という一つの織物であったように感じられる。
これから紡がれていくのは、どんな織物なのか。それを紡いでいくのは、ほかならぬ、私たち自身である。
さあ、今を楽しみ、未来の『置賜らしさ』を紡ごう。

地ノヒト

「置賜らしさ」は、一人の思いつきから紡がれ始める。

古代、中世、近代と、時代ごとの風景をたどりながら「置賜らしさ」「アルカディアらしさ」とは何かという問いと向き合ってきた今年度の季刊誌。
そこから見えてきたのは、私たちが「置賜らしさ」と呼ぶものは、もともとその地に最初からあるものでも、昔からあるものを引き継いだものでもなく、その時代にその地に生きた人が、「今を生きる」中で、「未来の幸福を願う」中で、その都度、新たに紡ぎ出されてきたものであるということだった。
太古の地層から掘り出されたのは、生活に直接関係ない道具だった。今も残る祈りの場は、大きな木や岩に生命のありかを見立てた想像だった。伝統的な祭りは、お祓いのための歩み方を教えてくれた人たちがいたから始まった。各地に点在する祈りの社は、楽しみを生み出すためのグループ旅行の行き先だった。今となっては欠かせない道は、たった一人の男の情熱から始まった。子どもたちが躍動する土俵は、地域の人たちの楽しみを生み出そうとする思い付きから始まった。
文化や、伝統、「らしさ」には、始まりがある。なんの文脈もないところから、ひょんなきっかけで、始める人がいる。
今年度の季刊誌の最終号、「現代」の置賜に目を向ける今号では、これからの「置賜らしさ」を紡ぎ出す人にフォーカスしてみたい。

總宮神社 安部 義朋

長井市内にある總宮神社。創建1220年の歴史ある境内には、千社札の代わりにたくさんのツーリングクラブのステッカーが貼られている。「バイク神社」とも呼ばれ、年間7000台以上のバイクが集うようになった経緯を、宮司・安部義朋さんに伺った。
『高校生の頃に、友達とぼんやりと思い描いたんです。将来、バイク好きが集まる神社になったらいいなって』そう語る安部さんは当時から大のバイク好き。時間を見つけてはバイクにまたがり
風を切って旅に出て、その様子を自身のブログで発信したりしていた。
『特にバイク神社を目指していたわけではないんです。バイク好きな人が来てくれた時に、じっくりお話をしたり、写真撮影どうぞと、同じことが好きな人同士で交流していたら、気づけばこうなってました』
今では全国各地から多くのライダーが集まり、地域の子供たちがバイク見たさに神社に来てくれるようにもなった。「バイクが好きだ」という一人の純粋な気もちから新たな文化が紡ぎ出され始めている。

洞松寺 小野 卓也

趣味や嗜好が文化の芽を紡ぎ出す。かつて上杉家の殿様もその眺めを楽しんだと言われている眺めが味わえる、長井市草岡地区にある洞松寺とうしょうじ。住職・小野卓也さんに案内された部屋には、700を超えるボードゲームが並んでいた。小野さんは、大学時代に友達とボードゲームに興じ始めたことがきっかけで、今では日本のボードゲームジャーナリストの第一人者となっている。
『ボードゲームの魅力って、人と関わることなんです。ゲームそのものも面白いんですが、一番おもしろいのはゲームを通じて人と繋がること、人を知ること』そう話す小野さんのもとには、月に2回くらいのペースで東北各地からボードゲーム好きが集まってボドゲ会が開かれている。時にボードゲームのパッケージを見ながら2時間近くも話し込むこともあるという。
小野さんは、地域の方々向けにボドゲイベントを開いたり、子供たちにボードゲームの出前授業も行っている。『物を大切に扱うこと、ルールを守り楽しむこと、負けても泣かないこと。この3つを約束に、楽しんでもらうことをゴールにお話しします』SDGsにも通じる哲学でボードゲームを楽しむという文化の種が蒔かれている。

山形おきたま産直センター 渡沢 寿

南陽市の山形おきたま産直センター代表・渡沢寿さんは、有機農業に取り組む農家だ。現在の社屋の隣には、彼が仲間と一緒にリノベーションした空間がある。屋号である『源八』の看板が掲げられたその場所は、かつては会議室だったが、今ではさながらバーのような雰囲気のある場所になっている。
『農家の若手が集まって語ったり飲んだりできる場所にすっべ!と、みんなで改装し始めた』。
流し台を運び込み、壁を改修し、本棚を設置すれば自然とそれぞれが好きな本や漫画を持ち込み、自分たちだけの基地が出来上がった。
『有機農業は、自然と向き合う。高度な知識も必要だし、地道な試行錯誤の積み重ね。だからこそ、志持って、仲間と一緒に取り組まないと』。
なければ作ればいい。自分たちで手作りした空間に集い、この地域で農家として食べていくための作戦を、彼らは今日も練りながら、酒を酌み交わしている。
伝統に携わりつつも、これまでのものを引き継ぐだけでなく、自分自身の心から湧き上がってくる「おもしろい」を原動力に、文化や場づくりに取り組んでいる人たちがいる。彼らが「いま」を紡ぎ出しているものは、「いつか」この地域の「らしさ」と呼ばれるものになっているかもしれない。

風ノヒト

由緒ある神社、歴史ある仏閣、伝統的な農法。“地の人”たちが先人からバトンを受け取り、自分たちなりの新たな文化を作る一方、かつての文化がそうであったように、「置賜の外」からこの地を訪れた、“風の人”が運ぶ当たらな文化の萌芽もある。

置賜地域を包む自然と、自然と共に生きる暮らしにエネルギーを感じ、親しみを持って伝える人。競技用けん玉の生産日本一となった場所で、けん玉をライフワークにするために海を渡り生きる人。地域文化財の価値を共有し、民具の展示や体験を通して時代を生きることについて見つめ直す人。今の置賜地域の至る所に、自分自身の「らしさ」を探求する人たちがいる。
これまで季刊誌で取り上げた、私たちが「伝統」や「文化」と呼んでいるそのほとんどは、誰か一人の思い付きや熱意が発端となっていた。だからこそ、こう言えるのではないか。「置賜らしさ」とは、ここに住まう一人一人が自分の人生を全うし、今を一生懸命に、全力で自分の心に従って生きた先に結果的に紡がれるものだ、と。その人「らしい」生活を紡ぎ出した先に、これからの「置賜らしさ」ができる。ここで紹介する“風の人”たちが生み出す光景は、いつかこの地域の文化や、伝統と呼ばれるものとなるポテンシャルを秘めている。

深く積もる雪が解け始め、春の足音が聞こえてくる季節。一人一人のいのちの芽が開く、置賜の春である。

ツアーガイド Cédric Blattnerセドリック ブラットナ

スイスのジュネーヴ出身のセドリック・ブラットナさんは、2018年の冬、妻のひかりさんの故郷、小国町へと移住した。スイスでは公共環境整備の分野に就職したが、人とのつながりの少なさを感じたというブラットナさん。その後、障碍者施設でコミュニケーションを主体にした仕事を選択したものの、そこでは逆に自然の中で生きる意識が希薄になっていると感じた。人だけでなく、自然だけでなく、両方と向き合えるツアーガイドの仕事にたどり着いた。
スイスよりもずっと厳しい小国町の自然。しかしその「怖さ」が魅力でもある、とブラットナさんは語った。「たとえば、好きな人は、絶対に嫌われたくない怖い存在でもあるよね。好きじゃなかったら嫌われてもいいはず。怖いな、と思った所こそいかなければならないんだよ」。小国町の自然という、この地にそもそもあるものが、“風の人”によって魅力的に表現されている。

SPIKe管理人 Nick Gallagherニック ギャラガー

“風の人”によって地のものが磨かれる光景は、遊びの中にも見出せる。長井市の市技にもなっている「けん玉」。この魅力に取り憑かれたニック・ギャラガーさんは、ワシントン大学卒業後、2022年11月から長井市に渡りけん玉の魅力を広めるべく活動をスタートした。
彼が初めてけん玉に触れたのは中学1年の頃。「ダサい」と思ったけん玉の、大皿に初めて玉を乗せた瞬間「一生続けたい!」と思うほどの快感が体中を走ったという。そこからは双子の弟と競い合いながら毎日夢中でけん玉を続けた。2017年にプロデビューを果たし、2018年にはワールドカップで優勝。「不可能だと思う技も練習すればできるようになる」「自由に自分らしく。そういうのが好き。それが一番楽しいんです」。今、ここで真っ直ぐに放たれる喜びと情熱が、けん玉の新たな魅力を引き出し、人々に伝播している。

白鷹町歴史民俗資料館学芸員 石井 紀子

“風の人”となるのは、海外から来た人たちばかりではない。白鷹町歴史民俗資料館あゆみしるの学芸員、石井紀子さんもまた、この地の魅力を磨く“風の人”の一人である。千葉県船橋市出身の彼女は「文化財の一番そばにいたい」という理由で、修復の道を志し、東北芸術工科大学美術史・文化財保存修復学科(現・文化財保存修復学科)へ進学。文化財保存修復センターで2年間勤めた後、白鷹町の地域おこし協力隊として、地域の特色や歴史を調査・広報する業務に尽力した。
「見慣れた檀家寺の仏像でも調べると新情報が出てくる。それを地域の方と共有して、すごいねとおしゃべりするなど、地元の良さを知って喜んでもらえることが一番嬉しいですね」と笑顔の石井さん。時代の中でこぼれ落ちそうな地域の歴史・文化を慈しむように資料化し、今を生きる人、そして次世代の人たちが課題に直面したときに助けとなる可能性を紡ぎ出している。

INFORMATION & MAP

總宮神社
〒993-0087 山形県長井市横町14-24
HP:http://www.sohmiya.org/
TEL:0238-88-3348

洞松寺
〒993-0063 山形県長井市草岡1367
Blog:https://tgiw.info/weblog/
TEL:0238-84-2390

山形おきたま産直センター
〒992-0474 山形県南陽市漆山1068
HP:http://www.okitama.net/
0238-47-7338

A TOUCH OF THE WILD
〒999-1212 山形県西置賜郡小国町大石沢726
HP:https://jp.atouchofthewild.jp/
TEL:080-3698-4284(英語、仏語)

けん玉ひろば SPIKe(スパイク)
〒993-0084 山形県長井市栄町3-5
HP:http://www.nagai-kendama.com/
TEL:070-2016-2509

白鷹町歴史民俗資料館「あゆみしる」
〒992-0821 山形県西置賜郡白鷹町十王2558-1
0238-88-7160