信仰の場 交流の場 置賜三十三観音
置賜地域一円に点在する観音堂が、置賜三十三観音としてまとめられたのは江戸時代初期の頃。米沢藩の家老として活躍した直江兼続の正室・お船の方が西国三十三観所巡礼を模したとも伝えられている。「当時、西国まで赴くのは海外旅行のようなもの。庶民が気軽にお参りできるものではありませんでした。だからこそ、住んでいる場所の近くで観音様にお参りできるようにとの願いが込められているのではないでしょうか」。置賜三十三観音札所会の事務局を務める宝珠寺の関谷住職は、当時の信仰に思いを馳せながら語る。
観音堂の多くは集落に近い小高い場所に鎮座している。赤地に白抜きの文字で記された「南無観世音菩薩」の幟旗を目印に観音堂へと歩みを進めていくと、森林に囲まれた静けさが迎えてくれる。観音堂の周囲には、集落の有力者による揮毫や、明治・大正年間に集落の人たちで共にお堂を修復した際の寄進帖などが掲示されていて、地域の人たちによって守られてきた足跡が感じられる。
置賜の三十三観音は地域の人たちが守ってきたお堂が多く、高峰観音、時庭観音、宮の観音、鮎貝観音のように、札所の名前はすべて地名に由来している。今でも、寺ではなく地域の人たちによって管理されているお堂があり、第11番札所萩生観音では、地域の方が植えたであろう可愛らしいプランターの花壇が参拝者を迎えていた。札所を巡ってみると、その多様性に驚かされる。地域が輩出した実業家の碑が建てられているお堂もあれば、「湯殿山」と刻まれた山塔、種々の庚申講<rtこうしんこう石碑、お地蔵様や、山中にあるであろう祠の分祠。さながら信仰のテーマパークのように、地域で信仰されていたであろうものがズラリと並んでいる。境内に、土俵が残る場所もあれば、今では公民館の敷地になっている場所もある。観音堂は信仰の場であると同時に、交流の場でもあった。
小野川観音のお堂には、大正・明治年間の観音講の様子が書かれた絵馬が残っている。詠歌唱和の稽古に励む人々の姿のほとんどは女性である。「当時の女性たちにとって、観音巡りは楽しみの一つだったのでしょう。中世、女性なかなか家から外に出ることができなかった。ご詠歌は同世代のお友達と一緒に歌う楽しさを味わえ、観音巡りは家を離れて旅行する気分だったのでは」。日常を離れ、仲間と共に観音様へ祈りを捧げる旅をしていた女性たちのに賑やかさに思いを馳せると、森林に囲まれた素朴な聖域が、女性にとって日常を解き放つ特別な場所のようにも感じてくる。
平安時代に始まった観音信仰は、この置賜地方にも伝播した。そこから長らく、祈りの場・交流の中心地として機能してきた観音堂も、時代の流れとともに試練に立たされている。コミュニティや地域の姿が変わり、地域の人たちで観音堂を生かすことが難しくなっているのだ。維持管理の困難さから場所を移し、明治期に廃仏毀釈のあおりを受けて規模を縮小した観音堂もある。そんな中、改めて地域の中心としての観音堂を盛り立てていこうとする動きもある。
飯豊町中地区の中村観音を代々守り継いできた長岡英雄氏は、地域の女性たちを中心に観音堂を守りご詠歌をあげる会を結成した。「お観音様のもとで、女性たちが元気に活動している姿、文化を次世代につないでいきたい」と語る。ホトケヤマの中腹にある観音堂は、これまで何度も災害に遭いながら再建されてきた地域の人々の拠り所である。8月の豪雨によりお堂は損壊してしまったが、女性たちはご詠歌の稽古を続け、お堂の再建まで、訪れた人が少しでも楽しめるように秋桜の種を植えよう、笑顔で話し合っていた。
たとえ、お堂の場所や外観が変われど、人々が集い、平穏を祈り、ともに歓びを分かち合おうとした置賜の観音堂に宿った精神性は、今でも受け継がれている。縄文時代から弥生、飛鳥、奈良、平安と時代が進むにつれて、置賜にも政争や闘争の足音が聞こえるようにもなってきた。そんな不安定な時代においても、自分たちで日々の豊かさを生み出そうとした、かつての置賜人たちの創意工夫を感じながら、観音様へと手を合わせたい。
なにごとも おもふこころは まるかれと
むかしもいまも ここはにゐやま
感謝の心を伝える 株式会社 武蔵屋
創業から130有余年の老舗仏具店、株式会社武蔵屋は置賜三十三観音の奉賛店として、ご詠歌本や御朱印帳、観音様とのご縁を表す五色の糸で編まれた腕輪などを取りそろえている。15年ほど前から置賜三十三観音巡礼の推進に取り組んでいる柘植純子氏は、置賜地域の人たちの手で信仰を盛り上げようと、観音様と共に歩むことを意味する笈摺の縫製を飯豊町中津川地区の方に依頼し、自身も勉強をして巡礼のアテンドを務めている。
「33ヶ所を巡っていると、自分が手を合わせたときにほっとする観音様が必ずいらっしゃいます。私は25番の赤芝観音様が大好きなんです」。観音様の大慈大悲の御心はいつも人のそばにあり、ぜひその姿をみて感じてもらいたい、と語った。
INFORMATION & MAP
置賜三十三観音巡礼
山形県では最上、庄内、そして置賜三十三観音が古くから信仰を集め、「やまがた出羽百観音」として巡礼されている。庄内、置賜、最上とそれぞれの周期で行われている「御開帳」の際は普段目にすることができない秘仏が公開される。巡礼の衣装や用具は数珠・輪袈裟・白衣・菅笠・金剛杖などが基本とされるが必携ではなく、心を尽くすことが大切だとされている。
- 置賜三十三観音札所会事務局
第21番札所 小野川観音 宝珠寺 - 〒999-0076 山形県米沢市小野川町2580
- TEL:0238-32-2929
- FAX:0238-32-2988
- https://okitama33.net/
- 株式会社 武蔵屋
- 〒999-2211 山形県南陽市椚塚1675-1
- TEL:0238-43-2502
- 受付時間 9:00〜18:00
- http://www.e-musashiya.com