神火に祈りを捧げ
叫び、笑い、
生きる力を呼びおこす

地域に伝わる祈りの火祭り
ヤハハエロ

 日本国内多くの集落で行われている祭事のひとつに、小正月の火祭りがある。全国的には「どんど焼き」、東北地方では「どんと焼き」、京都や北陸では「左義長さぎちょう」、その他「道祖神祭どうそしんさい」「鬼火焚おにびたき」などと呼ばれていて、毎年、1月15日前後に開催されている。置賜地方でも様々に呼称されているが、祭事中の掛け声である「ヤハハエロ」と聞けば、慣れ親しんだ祭事のことが思い浮かぶ。

地域によって違いはあるが、稲わらや茅を円錐状に積み上げて「サイト(斎燈、斎塔)」と呼ばれるやぐらを作り、門松やしめ縄などの正月飾り、古いお札、豆殻などを集めて燃やす。身拭き紙を燃やすと健康になるなど、火を使った呪まじないも多い。神を迎え、悪運を払い、この一年の五穀豊穣、無病息災、子孫繁栄を祈願するのがヤハハエロである。当日、大人はサイトの芯となる立木を山から切り出し、子どもたちは稲わらや門松を集めてサイト作りを手伝い、団子さし(団子木飾り、餅花)をして夜を待つ。

ヤハハエロがはじまるのは夕方6時を過ぎた頃。雪明かりの中で見知った顔を見つけると挨拶を交わし、子どもたちがはしゃぐ声が聞こえる。サイトは大小二つあり、小さな方は「便所」「雪隠せっちん」と呼ばれ先に点火される。大きなサイトに火をつけるのは、年男や年女、15歳の子どもに限られている地域もある。火が音を立てて燃え上がり、人々の顔を照らし出すと「ヤハハエロー」と大きな声が飛び交う。各地域の特色をここで紹介したい。

長井市「ヤハハエロ」
(西根、草岡地区)

掛け声は、最初と最後に「ヤハハエロー」と言い、「センキ、スンバコミナ吹ッ飛ンデンゲ、ショッテンゲー」「ネブト、ハレモノ、ミナモッテンゲー、ショッテンゲー」。センキは身体の病気、スンバコは寄生虫病や痙攣の病気、ネブト、ハレモノは共に腫れ物のこと。神火によって様々な病気を焼き払い身を清める願いが込められている。「ヤハハエロ」の語源は「弥栄いやさかえろ」「えろ」が訛ったものとされるが定かではない。昔は、蓑みの笠かさ姿すがたで田植えのまねごとをし、葉山神社の方角に合掌して豊作祈願する雪中田植えも行われていた。これは農業における予祝行事と思われる。

白鷹町「さいとう焼き」
(荒砥新町地区)

 7メートル程もある竹を3本組んで土台を作り、稲わらを編み高く組んでいく。掛け声は「ヤハハエロー、目々クソ鼻クソ飛ンデイゲー」。徐々に火の勢いが増すと竹がぜ、景気のいい音が響く。点火するのは15歳の子どもで「十五の大将」と呼ばれる。昔は子どもが火をつけるのを大人が杉の枝で阻はばむやりとりを楽しむ娯楽性もあったという。

南陽市「さいとう焼き」
(吉野地区)

秋口に穫った稲わらや芝で作ったサイトには青竹を1本入れ、年男年女が火をつける。「サイトサイト」「目クソナナクソ、センキセンバコ、フットンデエゲ」等の掛け声があったという文献もあるが、現在は決まった掛け声はない。雪中田植え、鳥ぼい(鳥追い)、綱打ち、と小正月から春にかけて決まった行事をこなし、雪深い冬季間も
集落の連携をとっていた。

飯豊町「さいぞう笑い」
(中津川、白川地区)

 「貧乏モッテッテ、果報モッテコイ、ヤハハエロー」のほか「嫁モッテコイ」など、言葉を変えてはやし立て笑いを誘うのが特徴。民俗芸能の三河万歳みかわまんざい太夫たゆうの相手をする才蔵さいぞうが人を笑わせる役だったことに由来するという説や、天照大御神あまてらすおおみかみ天岩戸あまのいわとの伝説のように、大笑いをして神を迎える儀式の名残という説もある。立木の先端につけた貧乏神(稲わら)が燃え尽きると、良い1年になるといわれている。

豊かな未来
持続可能な社会への祈り

ヤハハエロの火に込められた「五穀豊穣、無病息災、子孫繁栄」の祈りは、地域と子どもたちが持続的に繁栄することに向けられていて、人々が連携し、子どもが地域に帰属意識と誇りをつちかう機会になっている。豊かな未来を希求し、神火しんかを囲んで祈りを声に出し、一つにするヤハハエロは、困難が多い現在こそ意義深い。私たちが直面する予想できない環境の変化に適応する上で必要な「生き延びる力」「自発的治癒力」を高める役割が、地域で続く祭事にはあるのではないだろうか。