2026年6月3日(水)
海の京都DMOのJesse Efronさんと『旧丸大扇屋』にて旅行会社に向けたインスペクションを行いました。
長井の歴史を今に伝える商家を訪ねて

約330年続いた、長井の商家

旧丸大扇屋(きゅうまるだいおうぎや)は、1640年頃に初代・長沼忠兵衛が、現在の飯豊町椿から長井の宮・十日町へ移り、店を構えたことから始まった商家です。
当初は荒物や紙などを扱い、その後、最上川舟運とともに呉服商として発展。
1970年頃まで、およそ330年にわたって営業を続けました。
長井は江戸時代から最上川舟運の要所として栄え、酒田を経由して日本海、そして京都や大阪へとつながる交易によって、多くの商人が集まりました。
丸大扇屋も、そうした時代の流れの中で発展していった商家のひとつです。
現在残されている建物群からは、当時の商家の暮らしや商いの様子を感じることができます。
暮らしの跡が残る建物

敷地内には、母屋や店蔵、新蔵、新座敷、味噌蔵など、当時の建物が残されています。
天保3年の年号が記された祈祷札が残る味噌蔵をはじめ、全部で7棟の建物が保存されており、当時使われていた家具や食器、商いの道具なども見ることができます。
中でも印象的なのは、帳場に残る帳場箪笥や帳場格子。
そこに置かれた道具や建物のつくりを見ていると、ここで実際に人が働き、暮らし、商売をしていた時間が今もそのまま残されているように感じます。
また、敷地内には当時の水路を利用した設備なども残されており、建物だけではなく、商家での暮らしそのものを想像できるのも旧丸大扇屋の魅力です。
最上川舟運が残したもの

敷地を歩いていると、建物だけでなく、庭にも長井と最上川舟運とのつながりを見ることができます。
母屋正面の庭には、舟のバランスを取るための「バラスト」として積まれ、舟運によって運ばれてきたとされる雲州灯籠が4基残されています。
また、間口が狭く奥行きの長い敷地のつくりには、京都の町家の影響も見られるそうです。
こうした細かなところに目を向けると、当時の長井が最上川を通じて遠く京都や大阪とつながり、人や物、文化が行き交っていたことが見えてきます。
一見すると静かな昔ながらの商家ですが、その背景には、舟運によって大きく発展した長井の歴史が詰まっています。
建物を未来へ残した、長沼孝三

約330年続いた丸大扇屋の歴史を現在に残すうえで、大きな役割を果たしたのが、十代目の三男であり、彫刻家としても知られる長沼孝三氏です。
長沼孝三氏は、1988年に丸大扇屋に残されていた財産一切を長井市へ寄贈。
その後、改修工事を経て1995年に一般公開され、2003年には山形県指定文化財となりました。
330年という長い歴史を持つ商家が、現在もこうして私たちの目の前に残っている。
それは建物そのものだけでなく、歴史を次の世代へ残そうとした人の思いがあってこそなのだと感じます。
歴史の隣で、長井ゆかりの芸術にふれる

そして旧丸大扇屋の敷地内には、長沼孝三氏の作品を展示する「長沼孝三彫塑館」もあります。
商家として330年続いた丸大扇屋と、長井を代表する彫刻家・長沼孝三氏。
ひとつの敷地の中で、長井の商業の歴史と、地域に根付いた芸術の両方に触れられるのも、この場所ならではの魅力です。
※長沼孝三彫塑館は旧丸大扇屋とは別施設となり、見学には入館料が必要です。
「見る」ことで感じる、長井のまちの歴史

今回のインスペクションでは、旧丸大扇屋の建物や庭、残されている道具などを実際に見ながら、長井の歴史に触れることができました。
旅行先では、観光名所を訪れるだけでなく、その土地がなぜ今の姿になったのかを知ることで、まちの見え方が変わることがあります。
旧丸大扇屋も、まさにそんな場所のひとつ。
最上川舟運によって人や物が行き交い、商人たちが商いを営み、そこから長井のまちなかが発展していった。
その歴史を、現存する建物の中を歩きながら感じることができます。
今回のインスペクションを通して、長井の歴史や文化を「説明で伝える」だけでなく、実際にその場所を歩き、建物や道具を見てもらうことで伝えられる魅力があることを改めて感じました。
歴史ある商家と、その歴史を未来へ残した人の作品。
旧丸大扇屋を訪れることは、長井の過去を知るだけでなく、そこから現在へと続くまちの文化にふれることでもあるのだと感じました。
■旧丸大扇屋
〒993-0086
山形県長井市十日町1丁目11−7
■長沼孝三彫塑館
〒993-0086
山形県長井市十日町1丁目11−7
















